いちばん上の兄のトーマス将校はなんとフランスに持っていかれてしまったのだった。
彼の婚約者だったターシャロット先生は恋人を失い、悲しみを引きずったままだ。 ときおり、窓から海を見つめている。
帰らぬ恋人を待って暮らしているのだ。 恋人の行った先はフランス。
遠くなので戻ってくるのは絶望的。 何しろ彼は人形なのだから、自分で海を渡ってくることはできない。
しかし、シャーロット先生のためにローリーは「ぼくがトーマスをさがし出すよ。 きっと連れもどしてみせるよ!」という。
そして、ローリーは願うのだ。

「悲しい顔しないで、いっしょにおねがいしようよ」と、カーリーは力強く言いました。
カーリーを通して、作者G氏の人形は願うことができるという。 これまでとりあげた本にも出てきたような彼女の信念ともいえる考え方がよく感じられる。
ローリーは、自分がトーマスを探しにいくことを決心する。 人形が決心するというのも不思議な話だが、願う、決心するというのが人形のできること、それはどちらも魂のレベルに関することで、作者は人形はそのような、精神にかかわることができるものと考えていたようだ。

ローリーはまずひとりぼっちのシャーロット先生のためにトーマスを連れ戻そうと決意して、願った。 その願いは通じる。
ハタキをかけていたこの家(人形の家ではなくて人間の家)の女中さんにそのハタキではたかれて、地面に落ちてしまう。 そこから、カーリーの冒険がはじまる。
船乗り学校の生徒のフランス人の男の子ベルトランのポケット(この作者はポケットと人形の組合せが好きなのだろう)に入れられて、水兵の体験まですることになる。 この物語では人間の子どもたちも人形と絡んで動き回る様子が書かれている。
人形の持ち主シャーンもカーリーがいなくなれば心配するし、人形の家で起っていることがわかる存在として描かれている。 このように人形と心を通じ合わせられる女の子は、人形と同じように危機的なときには願うことが必要なことを知っている。
人形の家からいなくなったカーリーが帰ってくることを望んでいるのはシャーンも同じだった。 「カーリーがもどって来るようにって、おいのりしててね」と、シャーンは人形たちに話しかけました。
どうか、カーリーが海にすてられたりしていませんように、と、シャーンもねがいました。 「祈ってて。心からおねがいしててね」
シャーンは人形たちに、もうー度たのみました。 『クリスマス人形のねがい』でも、クリスマス人形は女の子にもらわれることを願ったし、女の子のアイビーもその人形が自分のものになることを願った。
この物語でも、人形と女の子は心を合わせて願うのだ。 やがて、シャーンと人形たちの必死の願いは届く。
みんなが幸せになる結末が用意されているのだが、そこに至る過程はすんなりとはいかず、ドラマチックなストーリーが次々に起きる。 ドキドキしたり、ホッとしたり、物語作りがうまい作者ならではのストーリー運びである。
ところで、ハタキではらわれて落ちてきた元気なカーリーを拾ったのは、フランス人のベルトランだった。 彼はウェールズに来て自分を認めてくれない周囲の子どもたち、先生たち、そしてことばの問題を抱えて苦しむのだが、その様子も丁寧に書かれている。

これは、G氏自身の引き受けざるをえなかった問題でもあったといえる。 前に書いたように彼女自身、少女期に、育ったインドからイギリスに来て、周囲になじめない感情を持った。
そのことが人生を通じての、そして彼女の作品にあらわれる大きなテーマの一つとなっている。 私かそれを強く感じたのは彼女の『ラブジョイの庭』という本を読んだときだった。
周囲からの疎外感、それはもしかしたら現代社会に生きる人間のテーマであるかもしれない。 作者は自らの境遇からこの問題を抱え込んだわけだが、はからずもそれは今を生きる私たちの問題と考えられる。

G氏はこのテーマを作品中に色濃くあらわしている。 そういう意味で現代人の問題を見抜く先見性があったのではないかと思われるのだ。
ゴ一ルティーのお人形以前、ガラスの風鈴を作る工房を訪ねた番組を見た。 風が吹くと、「ちりんちりん」と澄んだ音色を聞かせてくれる風鈴。
庶民的でなつかしさを漂わせる風鈴が、私は好きだ。 番組ではそれを作る職人さんの話があった。
聞いていて、驚いた。 ガラスを溶かし、風鈴の形を作るために火を使う。
その火のために大事な目をやられてしまったという。 何十年ものあいだの仕事が健康もそこなうほどのものだったとは。
美しい風鈴を作る陰でそんな苦労を重ねていた方がいるのだ。 ものを作ることは、真剣勝負なんだとそのとき思った。

今、たとえば誰かに、「ものを作るということはどういうことだろう?」と訊かれたら、私はこの小さな絵本を手渡したい。 物語のゴールティーは人形作りだけれど、どんなものをつくることに通じる真剣さの漂うスピリットがここには書かれている。
一冊の絵本がそのようなことを伝えてくれるとは、すばらしい。 これこそ絵本の力だ。

ゴールティーは両親が木の人形作りを仕事にしていたので、二人が亡くなったあと、その仕事を引き継いだ。 一人で暮らし、こつこつと人形を作る。
朝から晩まで、起きているあいた中、そのときに作っている人形のことに心を集中させる。 食事の支度をしているときは作りかけの人形をポケットに入れて。
人形への心の傾け方がすごいのだ。 彼女の名前をつけられたゴールティー・ローゼンツヴァイク人形は、作るのが間に合わないほどの注文がある。

でき上がると、店に置いて売られているのだが、それは、見たら「どうしても買わないではいられなくなる」人形なのだ。 なぜなら、その人形の笑顔に出会うと、胸がしめつけられそうな気がしてしまうから。
胸がきゅんとなり、ひと目で惹きつけられてしまうに違いない。 そんな人形がどう作られるか。
作者はゴールティーの人形作りの工程の一つ一つを細かく書いていく。 どの工程も飛ばさずに、きっちりていねいに仕事ぶりを書いていく。
木の枝から顔を彫りだすときには静かに心をこめること、小枝で人形の手や足を彫り、体につけるまで眠らないこと。 絵の具で人形の顔や髪、体に色をつけたあとは、何回も何回も人形に笑いかける。
その笑顔をうつすように、顔を描くこと。 心をこめた作業の流れが順を追って書かれていく。
黒色の濃淡で描かれた絵もシンプルで、この物語にぴったり。 カラーだったら、印象がちかってしまう。
これは、黒とグレーの絵でこそ生きるストーリーなのだ。 過剰なものがこれっぽっちもなくて、ほっこりとあたたかい絵とお話。
これを読むと、ゆるやかに満たされる気持ちになる。 人形の箱を作ってくれる大工である友だちのオームスに、大工仕事の残りに出る木っ端を材料に使わないのはなぜかと聞かれる。

ゴールティーは、きれいに四角くなっている木を使う気になれない、それだと本物のような気がしない、生きているような気がしないと答える。 オームスは「生きてるっていったって、ただの人形なんだけどなあ、ゴールティー」という。
それに対してゴールティーは、「わかってるわ。でも、私にとってはただのお人形じゃないのよ。私が人形を作るためには、とても必要なことなの。


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